学級経営

修了式を終えて

昨日、無事に修了式を終え、3年生学級も解散しました。 昨年も修了式前日は、深夜まで職員室に残り、1年間の中で一番遅くまで残っているパターンでした。仕事の段取りが悪すぎる・・・orz 初任者としての1年間も終えることになりました。学級経営、初任者…

一度倒れたら一度起きればよいではないか

----- 新年を迎うるに、新思想と新決心をもってした経験を有する人も必ず少なくなかろう。日記を書くことも毎年始めて毎年まっとうしなかったし、その他種々の工夫を案出しては、ことごとく失敗したから、もう新たに始める勇気がなくなったと自暴自棄に傾く…

メンバー同士が互いに好感をもっていて、一緒に何かできることに喜びを感じていること

----- 会社であれ、組合であれ、政党であれ、学校のクラスであれ、クラブであれ、はたまた趣味のサークルであれ、環境保護のための市民団体であれ、組織や集団がその目的を実現するためには、メンバーになっている人々全員が、所属している集団や組織に対す…

仕事が自分の活動だけで自己完結しないということ

----- 仕事が自分の活動だけで自己完結しないということは、職人仕事の満足感も、能力の発揮、仕事の主人たること、遊びのように働けることなど自分の側の条件だけではけっして得られないということである。満足のいくものつまり一定の水準にあるものが作れ…

われわれ人間というのは、他人から受け入れてもらいたいという強い欲求をいだいている

----- 「さて、この実験の目的はピッツやオーヴァストリートのちがいを見いだすことではない。いまの実験で明らかになったのは、たとえどんな人でも、ほかの人の近くにいると、自分の内面の声をききとることや、信念を守ることが、どれほど困難になるかとい…

人は、自分の行動を選ぶのになにか指針となるものがなくては、生きていけないのだ

----- ところで、生きていくとなると、人間の生活は、朝起きてから夜とこにつくまで、さまざまなおびただしい行動でうずまっていて、毎日毎日、人は自分のすることを、ほかにもやればできないこともない実にたくさんな行動のうちから、たえず選んでいかなけ…

教師のことば、つまり話し方、聴き方がどれだけ大切であるか

----- 子どもたちは、学校教育において、ことばを獲得するとともに、そのことばを活用して様々なことを考え、学び、ことばを介して人とのつながりも築いています。ことばは子どもの学びと成長の鍵です。その子どもの学びと成長を支え、導くのが教師なのです…

ダイヤモンドはダイヤモンドでしか磨かれない

----- 朝礼を公開したもう一つの理由は、「スタッフをより輝かせたい」というものです。 ダイヤモンドはダイヤモンドでしか磨かれないと聞いたことがあります。人もまた同じなのではないでしょうか。本気と本気がぶつかり合うことで、魂と魂がぶつかり合うこ…

Sky is the limit.

----- 俺は――― 何度もチームを壊してきた ほんとのことを言えば もうあの経験はしたくない 変わりたい (井上雄彦『リアル 12』「71st.」173-175頁、集英社) ----- 先週は、いろんなことが起こりました。 学年部の公開授業も木曜日にあったのですが、その日…

私の話したことの一体何パーセントが、この若い学生たちの意識を喚起しているのか

- 福岡ハカセが行っているのは『毒と薬』という名の講義。ヒトにとっての薬は、微生物にとっての毒であり、それは生命現象と言う一枚のコインの表と裏を見ているにすぎない。そんな薬であり毒であるものが、私たちの身の回りにはたくさん存在し、それを私た…

ただ「知っていてくれる……」

- 人間の生活の中には、ふしぎな生き甲斐、ふしぎな感動が潜んでいる。 人生意気に感ずという古人の言葉があったが、 (―――自分をよく知っていてくれる者がここにいる……) そう思うと、高杉晋作ほどの男も、男泣きに泣かずにいられない感動を味わった。 晋作…

「わかりやすさ」は他人への愛

- 楽屋裏をご披露するようで恐縮だが、私が物を書くうえで「文章の師」として尊敬している人が二人いる。一人は、上杉鷹山の師・細井平洲であり、もう一人は福沢諭吉だ。細井平洲は、 「難しいことをやさしく説くのが本当の学者だ」 と言って、青空劇場とい…

降る雨はきっと霽れるし、夜のあとには必ず朝がやってくる

- 「降る雨はきっと霽れるし、夜のあとには必ず朝がやってくる。今、はげしい暴風雨が吹きすさんでいるからと言うて、一生暴風雨が吹き続けると思う者は大たわけ……またその反対に、今日うららかな小春日和だから、生涯それが続くと考え、霜の用意も雪の用意…

よう書いたねぇ

- 小学校4年生くらいのころだったでしょうか。国語の授業で、教科書の文章をそのままノートに丸写しするという宿題が出されました。そこで、友だちとお互いの家を行ったり来たりして、一種の早書き競争のようなことをはじめたのです。そして、「先生、こん…

迷いや間違いの否定は、思考の停止、人間性の抹殺にほかならない

- これに対して、私たち人間の試行錯誤によって行動を学習してゆく場合には、曲がり角やゆきづまりで、どちらの道を選ぶかということになんらかの思考作用を働かせており、ここに動物との本質的な違いがある。 前頭連合野がまだ発達していない一、二歳の赤ん…

個々の子どものニーズを把握する習慣

- 通常の学級に在籍するさまざまなニーズのある子どもをどう支援していくのか考えたとき、彼らを医学的に分類し、診断名をつけていくことが究極の目標ではない。なぜなら、繰り返し述べているように、診断名をつけることでその後の支援の方向がきちんと示さ…

子どもがどんなに喜んだ顔をしていても、それに惑わされず、ほんとうによい仕事をしているかどうか、きびしく自己規制ができる人、それが教師です。

- このごろ、教師という職業はあまり尊敬されなくなりましたが、私は教師というものが尊敬された時代に教師になりました。そのころは、教師になりたいという子どももたくさんいた時代でした。私もまたそうしたあこがれで、教師になったといってよいでしょう…

生まれたときにわたしたちがもってなかったもので、大人になって必要となるものは、すべて教育によってあたえられる

- 植物は栽培によってつくられ、人間は教育によってつくられる。かりに人間が大きく力づよく生まれたとしても、その体と力をもちいることを学ぶまでは、それは人間にとってなんの役にもたつまい。かえってそれは有害なものとなる。ほかの人がかれを助けよう…

いくら理想を掲げても、現実には崩れることもあるでしょう。だからといって諦めたり、最初から理想を持つことを放棄したりしてはならない

- ただし、教師には2つ、ぜひ心に留めてほしいことがあります。たとえば親は、もしも自分の子どもに矢が飛んできたら、きっとわが身を前面に出してでも子どもの命を守ろうとするでしょう。愛情ってそういうものですよね。教師は親とはちょっと違うけど、子…