教師論

まずは与えられた舞台で、どこまでひたむきに頑張れるか

----- それぞれ専科の先生というのは、みなさん「その教科を教えたい」という強い思いを持っているでしょうし、それは普通のことだと思います。ですが、自分が思っていた舞台ではないところで頑張れるかどうかの部分で人間性が問われてくるのではないでしょ…

子どもは一つの宇宙

----- 教師が授業でみんなに同じことを教えても、子ども(生徒)はそれぞれに違う範囲とレベルにおいて受け取る。違う内容を受け取っている可能性もあるし、まったく受け取っていないかもしれない。それほど子ども(ひと)の固有性や独自性は、強烈なもので…

男はドンと胸をはれ!!!! by トムさん

----- カントは極貧の幼年時代・少年時代・学生時代を過ごした。そして、一七四六年、二二歳でケーニヒスベルク大学を卒業した彼には、不安定で貧しい長い長いフリーターの生活が待ち構えていたのである。彼が大学の正教授としてのポストを得たのは、じつに…

子どもたちの触手が「外へ」と拡がる契機となるもの

----- 子どもの言語状況は「言葉があまって思いが足りない」というかたちで構造化されるべきでしょう。それゆえ、美しく、響きがよく、ロジカルな「他者の言葉」に集中豪雨的にさらされるという経験が国語教育の中心であるべきである。私はそういうふうに考…

「師を持っている」ということだけでいい

----- 内田 ・・・教師に必要なのは一つだけでいい。「師を持っている」ということだけでいい。その師は別に直接に教えを受けた人である必要はない。書物を通じて得た師とか、あるいは何年か前に死んだ人で、人づてに聞いてこんな立派な先生がいるというのを…

集合体は、組織的な個人の人格性の抹殺の上に成り立ち、共同体は互いに向かい合うことによる人格性の高揚とその確認の上に成立する

----- 対立する世界にたいし望ましい制度の改革を求めて、共通の認識、共同体の意識なくして闘うところでは共同体の志向する精神は存在しない。共同体の志向する精神が成立するのは、現実をめぐって共同体自身の内部から生ずる闘いがなされるところである。…

私は何よりも先ず子供の信頼と愛著とを贏ち得ようとした

----- 一八 子供は自分の愛するものは何でも欲する。彼に名誉を齎すものは何でも欲する。彼の大きな期待を鼓舞するものは何でも欲する。彼に力を與へるもの、「僕にはそれが出来る」と子供に言はせるものは何でも欲する。 併しかうした意欲は言葉に依つて生…

子曰く、回や我を助くる者に非ず。吾が言に於いて説ばざるところなし。

----- 依頼心が強すぎると、人間の思考は著しく衰える。思考が止まれば、当然、進歩も止まる。だからこそ、まずは自分の頭で疑問を感じ、考え、行動に移し、そこに違和感があればさらに考え行動するという姿勢が肝要なのである。師をもつことはもちろん大切…

日常的に声かけを

----- たいていの人は、自分の存在意味を探してさまよいながら人生を送っています。その存在意味は自分だけで見出せません。大勢の人とともに生きる人間社会では、ほとんどの人が他者とのかかわりの中に自分の存在意味を見出しています。子どもにとって自ら…

「尊厳」を支えてくれるのが他者の「承認」だ

----- 当然いろいろ失敗がある。「失敗しても大丈夫」と思えないと「試行錯誤」できない。「失敗しても大丈夫」が「尊厳」だったよね。「尊厳」を支えてくれるのが他者の「承認」だ。昔はそれ以外に、会社の大きさや学歴がアテになった。でもこれからの航海…

達成感とは、自分が努力したものについてうれしい評価を受けたり、満足したりすることで得ることができる

----- たとえば、床を金属にして電気ショックを流せる部屋を作ります。そしてこの部屋に犬を一匹入れ、出口をふさぎ電気ショックを与え続けるのです。当然、犬は逃げようともがき苦しむけれど、逃げ道はありません。これを何度も何度もくり返し行うのです。…

先生方、寝てください

----- 最後に、先生方、寝てください。教材研究が多少中途半端でもいい、生徒指導でいろんなことがあるとしても、明日は明日の風が吹きます。そして、翌朝には元気に学校へ来て、子どもたちに「おはよう!」と声をかけてください。これがどんなに大事か。家…

人は、自分の行動を選ぶのになにか指針となるものがなくては、生きていけないのだ

----- ところで、生きていくとなると、人間の生活は、朝起きてから夜とこにつくまで、さまざまなおびただしい行動でうずまっていて、毎日毎日、人は自分のすることを、ほかにもやればできないこともない実にたくさんな行動のうちから、たえず選んでいかなけ…

一瞬にして「敵はいないよ、安全だよ」と知らせ、仲間たちの緊張と不安を和らげてあげるためのサイン

----- 笑いの起源について、進化論を発表したチャールズ・ダーウィンは、非常に重要な仮説を打ち立てている。かの「偽の警告仮説」である。 「笑い」は、動物が群れをなして生活するなかで、仲間同士の「伝達=コミュニケーション」の必要性から生まれたとい…

教師のことば、つまり話し方、聴き方がどれだけ大切であるか

----- 子どもたちは、学校教育において、ことばを獲得するとともに、そのことばを活用して様々なことを考え、学び、ことばを介して人とのつながりも築いています。ことばは子どもの学びと成長の鍵です。その子どもの学びと成長を支え、導くのが教師なのです…

Sky is the limit.

----- 俺は――― 何度もチームを壊してきた ほんとのことを言えば もうあの経験はしたくない 変わりたい (井上雄彦『リアル 12』「71st.」173-175頁、集英社) ----- 先週は、いろんなことが起こりました。 学年部の公開授業も木曜日にあったのですが、その日…

肝心なことは、後悔しないことだな。そのためには、全力をつくすしかない

----- 「深く考えなさんな。こっちから近づこうとしたら、逃げていくんだから。結局のところ、あんたがなにをいっても表向き反発されるのがオチよ。ここは潔く、自分の仕事に没頭したらいいんじゃない? 一番忙しいときなんだからさ。何事も勝負所ってある…

子どもが学び合うとどんなことが起きるのか、耳を澄まして、気持ちを傾けてとらえるべき

- 30人をこえる子どもが在籍する学級なら、グループは八つ以上つくられることになります。そして、それだけのグループが同時に話し合うことになるのですから、一つひとつのグループで何が学び合われたか、一人の教師でとらえ切れるはずがありません。しか…

おまえ自身が敵とみなすものが、おまえ自身の中にある

- この章の主意は「自らこれを取る」という一文に尽きている。「自ら侮る」「自ら毀る」「自ら伐つ」「自ら作せるわざわい」などやさらに「自暴自棄」などもすべて、 「最悪を自ら招くのは、自分自身の原因があるからだ」 ということだ。言葉を換えれば、 「…

民の立場に立ってその喜怒哀楽を考え、どうすればいいか親の気持ちになって行なおう

- 「上に立つ者は民をあたかも幼子を愛護するようにいたわり導け」 という言葉は中国の古い本によく出てくる。『書経』にも『大学』にもある。孟子ももちろんこの主張をした。民の父母になった政治家がどういう事を行わなければいけないかといえばあげて「仁…

私の話したことの一体何パーセントが、この若い学生たちの意識を喚起しているのか

- 福岡ハカセが行っているのは『毒と薬』という名の講義。ヒトにとっての薬は、微生物にとっての毒であり、それは生命現象と言う一枚のコインの表と裏を見ているにすぎない。そんな薬であり毒であるものが、私たちの身の回りにはたくさん存在し、それを私た…

ヴィジョンがなければ、どんなに時間とエネルギーと人と資源を投入しようとも、それらは無駄になってしまう

- 学校改革について教師に語ると、「時間がない」「人がいない」「資源がない」という答えが必ず返ってくる。改革においてもっとも足りないのはヴィジョンなのだが、それを指摘する教師は稀である。ヴィジョンがなければ、どんなに時間とエネルギーと人と資…

技術も……気力も……体力も……、持てるものすべて……、すべてをこのコートにおいてこよう

- 桜木花道が入部した湘北高校はインターハイ出場を果たして一回戦を突破。二回戦では高校バスケット界で君臨する山王工業高校に挑戦することになりました。前半を三六対三四でリードして終わったものの、後半開始にあたって安西先生がみんなに言った言葉は…

人作り、これがなければこの世にさっぱりおもしろ味もなければ進歩もない。

- 菊作りなどは考えてみればただの暇つぶし。しかし、人作りはそうではない。よい子、よい血筋に、誠の愛情をそそぎかければ、小さくて一郷を救うほどのもの……大きければ、藩も国も、いや、世界も救うほどの大輪の、みごとな花が咲くやも知れぬ……、それゆえ…

それぞれの子どもにとっては自分に話しかけられているという感覚が生まれること

- 何人もの子どもを対象にする場合、是非実行してほしいのは、意識的に一人ひとりの顔を見て話すということです。もっと厳密に言えば、子どもの目を見て話すようにするのです。しかも、このことをこの子どもに語り、ここのところはあの子どもに語りというよ…

子どもがどんなに喜んだ顔をしていても、それに惑わされず、ほんとうによい仕事をしているかどうか、きびしく自己規制ができる人、それが教師です。

- このごろ、教師という職業はあまり尊敬されなくなりましたが、私は教師というものが尊敬された時代に教師になりました。そのころは、教師になりたいという子どももたくさんいた時代でした。私もまたそうしたあこがれで、教師になったといってよいでしょう…