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修了式を終えて

昨日、無事に修了式を終え、3年生学級も解散しました。 昨年も修了式前日は、深夜まで職員室に残り、1年間の中で一番遅くまで残っているパターンでした。仕事の段取りが悪すぎる・・・orz 初任者としての1年間も終えることになりました。学級経営、初任者…

一度倒れたら一度起きればよいではないか

----- 新年を迎うるに、新思想と新決心をもってした経験を有する人も必ず少なくなかろう。日記を書くことも毎年始めて毎年まっとうしなかったし、その他種々の工夫を案出しては、ことごとく失敗したから、もう新たに始める勇気がなくなったと自暴自棄に傾く…

あたかもその場にいるかのような錯覚

----- 上手な落語を聞くと、セリフとしぐさで造形された人物が、あたかもその場にいるかのような錯覚を起こさせる。酒を飲むしぐさ、そばやうどんを食べるしぐさ、饅頭を頬張るしぐさなどかリアルに描写され、登場人物の実在感を生む。酔っ払いは次第に酔い…

教育実践に、大いなる自信と疑問を持て

----- 贈り物をもらって、それに感謝しつつ、「物」で返さないのは、その分だけ「心」の関係を維持することになる。友人間の一心同体関係を強調するとなると、返す返さないなどは意味を持たない。とは言うものの、そこは人間の悲しさで、相手から何らかの返…

自分で変わろうとしないで、子供にだけ変わることを求めるーーーこれが教師の原罪

----- 林 私はかつて書いたことがあるんですけども、教えるということは、子供が何かを学んだ時に初めて完結する営みなんです(『教えるということ』国土社刊)。一定の定められたことを「教え」て、時間割の枡目をうめても、それで教師はその任務を果たした…

成長期にある若者たちにとって、苦楽を共にしてくれる人がそばにいるということは、絶対的に必要なこと

----- 「登校拒否がはじまるし、異常な行動もすっかり消えたとはいえない。ここから親と教師の苦難がはじまるのですが、この両者が、いうなら明日香さんと共にあることを、自らに課したところに大きな意味があるとわたしは思いました。親と教師の苦難といい…

人の役に立ちたいと願う時にこそ、人間の能力が伸びる。

----- いま支配的な教育観は「自分ひとりのため」に努力する人間のほうが「人のため」に働く人よりも、競争的環境では勝ち抜くチャンスが高いという判断の上に成り立っています。私利私欲を追求するとき人間はその資質を最大化する。隣人に配慮したり「公共…

メンバー同士が互いに好感をもっていて、一緒に何かできることに喜びを感じていること

----- 会社であれ、組合であれ、政党であれ、学校のクラスであれ、クラブであれ、はたまた趣味のサークルであれ、環境保護のための市民団体であれ、組織や集団がその目的を実現するためには、メンバーになっている人々全員が、所属している集団や組織に対す…

大切なのは、安易に「標準」を立てて、そこから外れた状況に育つ子どもはダメだなどと切り捨ててしまわずに、したたかに生きる脳の働きを重視し、育むこと

----- いかに、自分が実際に置かれてしまった状況を引き受けて、それを生に転ずることができるか。大切なのは、安易に「標準」を立てて、そこから外れた状況に育つ子どもはダメだなどと切り捨ててしまわずに、したたかに生きる脳の働きを重視し、育むことだ…

なにかにぶつかり、迷い、挑戦し、失敗し、ということを繰り返すこと

----- 目の前に問題が発生し、何らかの壁に当たってしまったときに、そこから逃げてしまうほうが、効率的に思えるかもしれません。実際に、その時のことだけを考えれば、「得」のようにも見えます。ところが、そうやって回避しても、結局はまたその手の問題…

生命の畏敬のないところに教育は存在しない

----- 生命受難は政治の上から降りかかろうと、経済の上から降りかかろうと、その根は同じものではないかと思われて仕方ありません。かつて林竹二先生は教育の成り立ちにふれて、生命の畏敬のないところに教育は存在しないと言われました。 このことは教育に…

怖くて外へ出られないという人がおられたら、外へ出られないというつらさを「共感」しながら聴いていく

----- ノイローゼといっても非常にいろんなものがありますけれども、日本の人がよくなるノイローゼに、たとえば対人恐怖症というのがあります。こういう所へ出てこられても、なにか人に会うといやだから、なるべく隅の暗い所へ座るとか、あるいはそもそもこ…

患者は物語をもって病院を訪ね、診断をもらって帰る

----- ところが、語りというのは上下関係がなくなってくるのです。一緒に面白い語りをしなければ帰ってしまいますからね。「告げる」の上下関係に対して、「語る」ということは関係がだんだん深まっていくのです。そういうことが非常にうまく書いています。 …

「学ぶ」仕方は、現に「学んでいる」人からしか学ぶことができない。

----- 教師というのは、生徒をみつめてはいけない。生徒を操作しようとしてはいけない。そうではなくて、教師自身が「学ぶ」とはどういうことかを身を以て示す。それしかないと私は思います。 「学ぶ」仕方は、現に「学んでいる」人からしか学ぶことができな…

仕事が自分の活動だけで自己完結しないということ

----- 仕事が自分の活動だけで自己完結しないということは、職人仕事の満足感も、能力の発揮、仕事の主人たること、遊びのように働けることなど自分の側の条件だけではけっして得られないということである。満足のいくものつまり一定の水準にあるものが作れ…

一定の知識を子どもたちにつめこみ、その結果が、子どものすべてであるとする世界は、人の関係を固定化する。

----- 園田さんの教育のいわば象徴としてあるこの二つの実践は、こんにちの教育の中にある人間疎外と、まったく逆の位置にある。 園田さんの実践記録に触れて、わたしはそれを次のように定義した。 「教育の目的は子どもの自立を助けることである。その自明…

ペンは剣よりも強し

----- 親愛なるみなさん、二◯一二年十月九日、わたしは左の側頭部をタリバンに撃たれました。わたしの友だちも撃たれました。タリバンは、ピストルでわたしたちを撃てば、わたしたちを黙らせることができると考えたのでしょう。でも、そうはいきませんでした…

子どもが自発的に熱中する活動は、子どもが育つことそのもの

----- 子どもが自発的に熱中する活動は、子どもが育つことそのものなのです。それは大人の計画や教育以上のものです。自分ができるようになった力を使って発見し、新しい知識を得る。そして「できた!」「やった!」という自分で成し遂げたことで得られた満…

学ぶ気がなければ、何を教えたってだめだ。

----- 授業がはじまると、 「あああ。」 と、わざと大きなあくびをしたり、いびきをかいて眠ったふりをするものも多かった。 万次郎は、しかし、おこらなかった。 漁師あがりの身分とはいえば、たしかにその通りだったし、また、サムライたちが、その漁師を“…

褒めるべきは、結果ではなく、プロセス

----- しっかり準備したうえでの失敗は、必ず次につながる。一方で結果だけを取って褒めてしまっていては、間違った準備を続けさせてしまうことにつながるかもしれない。褒めるべきは、結果ではなく、プロセスである。 (宮本慎也『意識力』「第ニ章 気づかせ…

言い訳は進歩の敵である

----- ミスの原因を突きつめて、次の対策を見つけることが反省だ。似ているようでいて、言い訳と反省は違う。ミスを認めるからこそ、反省して次に進める。 それまでは、失敗をしたときにミスを認めるのは、恥ずかしいことだと思っていた。なんとか言い逃れを…

小さな成功の自信が、より大きな成功が踏み台になる

----- 小さな成功の自信が、より大きな成功が踏み台になる。 ボクサーのマネージャーは、ボクサーが成功の経験を段階的に積み上げていけるように、対戦相手を慎重に選ぶ。私たちもこれと同じテクニックを使って、最初は小さな成功から経験を積んでいけばいい…

効果があればやる、効果がなければならないという考え方は合理主義といえるでしょうが、これを人間の生き方にあてはめるのはまちがいです

----- 「はい」 大きな声出した。足立先生だ。 「ヤジがとばせないので苦しい」 みんな大爆笑だ。 「村野さんはまちがったことをいっているので訂正しえおく」 足立先生は高飛車にいった。そういうものの言い方と、ようしゃのないところが煙たがれるところだ…

教育は教わろうと希う者と、教えようとする者との間にだけしか成立しない厳しい約束の一つである

----- 言うまでもなく教育は教わろうと希う者と、教えようとする者との間にだけしか成立しない厳しい約束の一つである。 (山岡荘八 『吉田松陰(2)』「松陰の分身たち」217頁、講談社) ----- 3月21日。 母校の閉校式が行われました。少子化の流れは止…

こどもたちは、楽天的で、前進的で、自由で、彼らを眺めるだけで人々の心に平和をもたらすことのできる「思想家」でした。

----- ―――こども……あなたにとってそれは、たんに未熟なヒナドリではありませんでした。むしろ、もっとも完成された創造物であり、損われてはならない人類の原型でした。 こどもたちは、けっして役立たずでもなく、かわいい愛玩物でもなく、人間の一生の中で…

ここで忘れてはならないのは「心のケア」です

----- 私たちは引き続き復興に向けて、できる限りのことをやっていきますが、ここで忘れてはならないのは「心のケア」です。 やはり子供たちは震災で大きなショックを受けたと思います。 学校という家族と離れたところで、あれだけ大きな地震を経験しただけ…

本来、子供たちに最初に教えるべきなのは、「このこと」のはずです

----- 重ねて申し上げますけれど、競争を強化しても学力が上がりません。少なくとも、今の日本のように閉じられた状況、限られたメンバーの間での「ラット・レース」で優劣を決めている限り、学力はありません。下がり続けます。 学力を上げるためには、自分…

持っていくものは、「信頼」だけ

----- 刑務所には決して起こしてはならない三大刑務事故と呼ばれるものがあります。「自殺」と「火災」、そして「逃走」の三つです。 桐分校には10月と2月に施設内教育(遠足)があります。 受刑者は裁判所に出廷するときや移送されるときなど刑務所の外に出る…

彼らは昔と異なる仕方で生きる手応えの世界を切実に欲している

----- もう日常は不便では無い。家の中には便利な家電が並び、近くにはコンビニエンスストアが何件もある。「スイッチを押せば手に入る」「買ってくれば食べられる」という世界が日常化している。 その楽しさの一方で、何かが消えようとしている。 工夫をし…

想像力こそ人間に圧力を加えて、勇気と冒険へ促す母体

----- 行動自体は、心理の暇もないほどの速さで普通行われる。心理は前かあとに存在するのである。しかし未来を思い、過去を思うのは人間の特性であり、動物にはない想像力というやっかいな能力が人間を掣肘している。特攻隊も想像力に悩まされることがなか…

文字が読め数がわかるといったことも子どもにとっては新たな発見であり、感動的なこと

----- 子供にとっては学校生活のひとこまひとこま、授業の一時間一時間は、新しい世界が開かれる機会であるはずです。小学校の基礎教育も「わかりきったことを教える緊張感のとぼしい仕事」ではありません。文字が読め数がわかるといったことも子どもにとっ…

論理的に喋る能力を身につけるよりも、論理的に喋れない立場の人びとの気持ちをくみ取れる人間に

----- 東日本大震災以後、リーダーの資格ということが多く問われてきた。大学でもリーダーシップ教育が、声高に叫ばれている。 通常、そういった場面で言われるリーダーシップとは、人を説得できる。人々を力強く引っ張っていく能力を指す。しかし、私は、こ…

異なる価値観と出くわしたときに、物怖じせず、卑屈にもならず、粘り強く共有できる部分を見つけ出していくこと

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試行錯誤の振幅が大きいければ大きいほど、子どもはたくましく成長する

----- 答えを見つけることが大事なのではなく、答えを見つけようとして、あれこれ考えることが、本来、教育の目的であるはずなのに、それが授業の中で忘れ去られているから、自分の頭で考え、自分の足で歩こうとする子ほど、問題児扱いされてしまうわけです…

「ごめんね」「まあ、いいですよ」という言葉が交わされることを無数に積み重ねることによってしか国民国家のあいだのコミュニケーションは構築されてゆかない

----- 一人の国民は、その国を代表する。 その国を代表して、他国民を糾弾する権利があり、他国民を許す権利があり、他国民の前にうなだれる権利がある。私は国民国家というものは、そのような一人の国民の「代表権」の幻想のうえにおいてのみはじめて健全に…

教師も子どもから学んでいる

----- 相手はさまざまですが、学んで変わるためには、必ずもう一方の支えが必要です。ということは一方的に、ものを教えるという関係は成立しないということになります。 あるのは学び合いという関係です。教師も子どももそうです。 わたしが、子どもに学ぶ…

教養は人の生き方であり、一人一人が自分の生き方を社会との接点を求めて考えていくこと

----- 教養とは何かという点について共通の理解がないためである。私はすでにこの問題について世に問うたことがあるが、そこでは教養は人の生き方であり、一人一人が自分の生き方を社会との接点を求めて考えていくことだとした。そしてこれまでの教養の理解…

優れた人との出会いが、向上心を刺激し、人間性を高める

----- 一人の静かな時間は、人を育てる。 人と楽しくコミュニケーションをする中でももちろん人間性は養われるが、一人きりになって静かに自分と向き合う時間も、自己形成には必要だ。音楽を聴きながらボーっと一人でいる時間も楽しい。 しかし読書は、一定…

子どもは一つの宇宙

----- 教師が授業でみんなに同じことを教えても、子ども(生徒)はそれぞれに違う範囲とレベルにおいて受け取る。違う内容を受け取っている可能性もあるし、まったく受け取っていないかもしれない。それほど子ども(ひと)の固有性や独自性は、強烈なもので…

何をカバーするかは問題じゃない、重要なのは君らが何をディスカバーするかだ

----- 最近亡くなった世界的に有名な物理の教授は、一年生がとる物理のクラスを教えていたのですが、学生に「今学期はどんな内容をカバーするのですか」と聞かれて、「何をカバーするかは問題じゃない、重要なのは君らが何をディスカバーするかだ」と答えた…

男はドンと胸をはれ!!!! by トムさん

----- カントは極貧の幼年時代・少年時代・学生時代を過ごした。そして、一七四六年、二二歳でケーニヒスベルク大学を卒業した彼には、不安定で貧しい長い長いフリーターの生活が待ち構えていたのである。彼が大学の正教授としてのポストを得たのは、じつに…

ひとは他者に勝ったときに幸せになるのではなく、他者に役に立つ存在になったときに幸福や生き甲斐をや永遠を感じる

----- 私たちの生きる喜びや確信は、高偏差値や、高収入や、「勝ち組」という価値観とは違うところから導きだされるはずである。私も広田氏とともに、ひとは他者に勝ったときに幸せになるのではなく、〈他者に役に立つ存在にな〉ったときに幸福や生き甲斐を…

子ども一人ひとりに構成されている生活が、あるいは理想的な親子関係や家庭が、子どもたちを「知」の世界に導く直接の契機になるわけではない

----- 私も生活と勉強は切り離して考えていない。生活が構成されていないと勉強への取り組みはむずかしい。生活と勉強は地続きだと思う。子どもは精神的に安定している必要がある。親との交流や家庭のあり方は勉学にも大切である。 しかし、子ども一人ひとり…

人間を理性だけと考えることが危険なのである。

----- もともと特別なのだら文化的動物に鍛え上げる必要はなく、ただ知識を学んで「知」的に上昇していけばいい。勉強することは人間の本質(本性)であり、自然に内から溢れ出てくる力なのである。だから、何もひとは変革されなくてともただ「知識を学ぶ」…

子どもたちの触手が「外へ」と拡がる契機となるもの

----- 子どもの言語状況は「言葉があまって思いが足りない」というかたちで構造化されるべきでしょう。それゆえ、美しく、響きがよく、ロジカルな「他者の言葉」に集中豪雨的にさらされるという経験が国語教育の中心であるべきである。私はそういうふうに考…

みんなが同じイデオロギーに乗って愉しく踊っていたら、気がついたら「そんなふう」になってしまいました

----- 「自分らしさ」は「商品購入行動」でしか表現できないというイデオロギーが支配的なものになったのは、八〇年代から後のことです。それまで消費単位は家族でした。家族が消費単位であると、消費活動はあまり活発ではありません。消費に先立って「家族…

「知りません。教えてください」

----- 繰り返し申し上げているように、専門教育では、「どうしてこんな教科が存在するのか?」という根源的な質問はしてはならないことになっています。でも、現場ではいきなり「先生、なんでそこに突っ立ってるの?」という想定外の質問に直面することにな…

「師を持っている」ということだけでいい

----- 内田 ・・・教師に必要なのは一つだけでいい。「師を持っている」ということだけでいい。その師は別に直接に教えを受けた人である必要はない。書物を通じて得た師とか、あるいは何年か前に死んだ人で、人づてに聞いてこんな立派な先生がいるというのを…

「ねえ、ここどうするの?」という問いを発することから、学び合いが出発する

----- 個人作業の協同化においては、わからない子どもが「ねえ、ここどうするの?」という問いを発することから、学び合いが出発する。この質問に応える子どもは、つまずいている子どものつまずきを理解し、つまずいている子どもがわかるように説明しなけれ…

子どもに学問を教えることが問題なのではなく、学問を愛する趣味をあたえ、この趣味がもっと発達したときに学問をまなぶための方法を教えることが問題なのだ。

----- 子どもに学問を教えることが問題なのではなく、学問を愛する趣味をあたえ、この趣味がもっと発達したときに学問をまなぶための方法を教えることが問題なのだ。これこそたしかに、あらゆるよい教育の根本原則だ。 (ルソー著、今野一雄訳 『エミール(…