読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

一度倒れたら一度起きればよいではないか

----- 新年を迎うるに、新思想と新決心をもってした経験を有する人も必ず少なくなかろう。日記を書くことも毎年始めて毎年まっとうしなかったし、その他種々の工夫を案出しては、ことごとく失敗したから、もう新たに始める勇気がなくなったと自暴自棄に傾く…

ここで忘れてはならないのは「心のケア」です

----- 私たちは引き続き復興に向けて、できる限りのことをやっていきますが、ここで忘れてはならないのは「心のケア」です。 やはり子供たちは震災で大きなショックを受けたと思います。 学校という家族と離れたところで、あれだけ大きな地震を経験しただけ…

学びとは本来、新鮮な驚きが伴うもの

------ そもそも僕らが生きているこの世界には、想像を絶するぐらいのたくさんの情報が蓄えられています。そして、「学ぶことそのもの」を楽しむ人は、「目的意識」を動機づけにする人よりも、圧倒的に豊かな情報をそこから引き出し、自分の中に取り込んでい…

具体的に他者の幸福を願ったほうが祈りは強い

----- 橋口 ただ、今まで私がイメージしていた「祈り」って、漠然と幸せになりたいとか、みんなが幸せになりますように祈りましょうっていう空気感のようなもので。あと、世界平和のためにとかね。 内田 漠然とした祈りは弱いよね。具体的に、そしてできたら…

一度きりの人生を、どう生きるか考えてみろ

----- 「いいか、この100年カレンダーをよく見てみろ。この中に、君たちの命日が必ずある。私のは、カレンダーの上の方だろう。君たちは、中ほどだ。でも、必ずこの中にある」 いきなり命日の話をされて、新人社員たちも面喰います。若い時には死をさほど…

一度の経験は自信を与う

----- また顧みて、一年中に辛いと思ったことがあっても、これは勇気を養う資料に供することができる。過去に辛いと思ったことを記憶しれおれば、たとえ艱難に逢うても「なにこれしきのこと、自分は前にもっと辛い目に逢うても、それを切り抜けて来たではな…

光陰矢のごとし

----- この年もまたいたづらに暮らし来て 春に逢はんと思はざりけり ―――八田知紀 (新渡戸稲造『修養』「第十七章 迎年の準備」495頁、タチバナ教養文庫) ----- こんばんは。 お久しぶりです。気がつけば、12月も後半戦。あっという間に2学期が終わって…

いかに学識に秀でていても、徳を欠くなら学者ではない

----- 藤樹の教えのなかで、とくに変わった教えが一つあります。藤樹は、弟子の徳と人格とを非常に重んじ、学問と知識とをいちじるしく軽んじました。真の学者とはどういう人か、藤樹の考えはこうです。 “学者”とは、徳によって与えられる名であって、学識に…

「席ある?」「無理です」

----- ぎりぎりで空港に着いた。見上げたボードには便名の横に、満席の文字。予約はしていない。あきらめきれず、航空会社の係りの女性の所に行った。 「〇行きの×便、一席だけなんですが、空いてませんかねえ」 さっきから何度も同じような質問を受けている…

異なる価値観と出くわしたときに、物怖じせず、卑屈にもならず、粘り強く共有できる部分を見つけ出していくこと

-----

教養は人の生き方であり、一人一人が自分の生き方を社会との接点を求めて考えていくこと

----- 教養とは何かという点について共通の理解がないためである。私はすでにこの問題について世に問うたことがあるが、そこでは教養は人の生き方であり、一人一人が自分の生き方を社会との接点を求めて考えていくことだとした。そしてこれまでの教養の理解…

この時期を利用し、新しい決心をすることもまた最も必要のことである

----- 今月(九月)は学生の学期も改まり、商人その他も避暑から帰り、すべて新しい時期を画するの基節なれば、この時期を利用し、新しい決心をすることもまた最も必要のことである。 昔の我が国には、正月の三ケ日、雛の節句、端午、その他いろいろな記念日…

何事からでも、教訓を得んとする心がけがあれば、老若男女を問わず必ず得る所がある

----- 近頃暑中休暇を利用して、各地を旅行する学生が多い。これらの学生から寄越した手紙を見ると、地方をブラブラ歩いて、何らの得るところなきがごとき所でも、ご注意に従い、いかなる事柄からでも、教訓を得んと心がけていたために、何事を見ても、それ…

人の心が分かる心を教養という

----- 人間科学の講義で、今年は最初に、個性だの自分だのと、若い未熟な人間がバカなことを考えるなと、はなはだ乱暴なことを語った。それより自分の友だち、親兄弟の気持ちがよく理解できるほうが、よほど人生が豊かになるのではないか、と。私は他人の気…

われわれは他人に迷惑をかけなければ、何もできない

----- わが子が世間的に成功している場合―――とくに親のあとを継いで立派な学者や役者や政治家になった場合―――親たちはほとんど人間としてのまともな感覚を失った道徳的エゴイストに変身する。そして、例えば「何でもしてよい。だが他人に迷惑だけはかけるな…

「知りません。教えてください」

----- 繰り返し申し上げているように、専門教育では、「どうしてこんな教科が存在するのか?」という根源的な質問はしてはならないことになっています。でも、現場ではいきなり「先生、なんでそこに突っ立ってるの?」という想定外の質問に直面することにな…

「師を持っている」ということだけでいい

----- 内田 ・・・教師に必要なのは一つだけでいい。「師を持っている」ということだけでいい。その師は別に直接に教えを受けた人である必要はない。書物を通じて得た師とか、あるいは何年か前に死んだ人で、人づてに聞いてこんな立派な先生がいるというのを…

子曰く、回や我を助くる者に非ず。吾が言に於いて説ばざるところなし。

----- 依頼心が強すぎると、人間の思考は著しく衰える。思考が止まれば、当然、進歩も止まる。だからこそ、まずは自分の頭で疑問を感じ、考え、行動に移し、そこに違和感があればさらに考え行動するという姿勢が肝要なのである。師をもつことはもちろん大切…

一年に一回、社会ぐるみで自分たちの凝り固まってしまったものの見方や考え方をほぐし、リフレッシュするのが目的

----- エイプリルフールの嘘はあくまでも一年に一回、社会ぐるみで自分たちの凝り固まってしまったものの見方や考え方をほぐし、リフレッシュするのが目的である。けして悪意があってはならない。特定の誰かを笑いものにするでもなく、中傷も攻撃も含まず、…

どんなにしんどいこと、つらいことにもそれなりに学ぶべきことはある

----- 相変わらず花粉症がしんどい。いくらかんでも鼻水が出る。くしゃみの連続。涙が止まらない。しかし、どんなにしんどいこと、つらいことにもそれなりに学ぶべきことはある。これら花粉症の症状は、私の免疫系が襲来するスギ花粉を何とか身体から排除し…

それこそわが生き甲斐なのだと悟って、ぐっと巨きな大樹に生長していったのは、この絶望の直後であった

----- 「重之助! 死んではならぬぞ。何のこれしきのことに!」 「は……はい」 「人は天地の心にそむかざれば栄うべしと、これも玉田先生のお言葉にあることだ。それを忘れて、このくらいのことで挫けては、父にすまぬ、母にすまぬ。重之助! われらの仕事は…

将来、赤ん坊になるために、勉強しなければならない。

----- 昨日、おじさんは、とんこつラーメンを食べました。とんこつラーメンはとてもおいしいが、どんなものかみんなは知っているかな。 これはラーメン屋さんが発明したのです。普通のラーメン屋をやっていたんだけど、豚の骨でダシをとるとたいへんおいしい…

われわれをさまざまな誤謬から連れもどす真理は、医薬のようなものである

----- ある問題についてすでに自分で確定的な判断をもっている場合には、おなじテーマに関する新しい見解に接するたびごとに、排斥的否定的な態度にでるものであるが、これはごく自然なことである。なぜかというと、そういう新しい見解は、一応まとまってい…

年は暦が代わるのみで、改むるのは各自の心の業である。

----- 心を改め処世の方法を新たにするのは、必ずしも正月元日に限らぬ。いつにてもできる。しかるに特に正月に心を改めるというのは、迷信といえば迷信であるかもしれぬが、新しい年の始めに、新しい決心をするは、何となく行いやすいからである。何国の風…

常に多くを学び加えつつ年老いん

----- 人生の単調さとそれから生ずる味気なさを思えば、かなりの期間生きつづけてきた人には、人生がたまらなく退屈に感じられるようになるであろう。その退屈さからわずかに救ってくれるのは、全体として大まかにみれば、認識と洞察がたえず進歩し、あらゆ…

天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず

- 「天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず」という諺または教訓が、孟子の時代にはやっていた。天の時とは、城攻めにさいして、木火土金水の五行の運航に応じて、その年、その季節、その月、その日に定められた吉凶の方角のあるのをいうが、これ…

民の立場に立ってその喜怒哀楽を考え、どうすればいいか親の気持ちになって行なおう

- 「上に立つ者は民をあたかも幼子を愛護するようにいたわり導け」 という言葉は中国の古い本によく出てくる。『書経』にも『大学』にもある。孟子ももちろんこの主張をした。民の父母になった政治家がどういう事を行わなければいけないかといえばあげて「仁…

わが心事のわかってくれるのは貴君のみ……

- 「―――今後才略功業の人物は現れるかもしれないが、まことに嘆かわしい事ながら忠義の種はもはや絶滅した。獄中にひとり坐って諸友を顧みるに、わが心事のわかってくれるのは貴君のみ……」 一字一句を吟味しながら、そうした意味のことを書いた。どうして反…

努力を惜しんで何ができよう

- 「―――進んで将相たらずんば、退いて千古の聖賢を友として書を読もう、これが平素から自分の志望であった」 と述べ、さらに、 「―――日本に生まれて日本はいかなる国であるかを知らねばならぬ。真に日本国を知らずして漫然と生きていてどうするものか」 自分…

素晴らしい友人がそばにいてくれれば、心が癒される

- しかし名前は知られなくとも、この人たちの影響は、恩恵を与えた人々の人生の中に、永遠に留まることになるのだ。人生の記念すべき日―――。それは、一流の詩のように、私たちの心を躍らせる人と出会った日だ。握手をしただけで、もの言わぬ思いやりの心が伝…

習慣は第二の天性を作る

- 年一回ぐらいでなく、毎月、毎日、もしくは一日中に三度も四度も自分の発心に注意しなければ、勢いそれが鈍くなりやすい。習慣は第二の天性を作るというが、毎日幾回となく、発心に注意すれば、すなわちこれ発心を継続することである。その間にいつしか習…

ばかは死ななければなおらない

- つまり、われわれはここで、愚者と賢者の間に永遠に存在している相違そのものにつきあたるのである。賢者は、自分がつねに愚者になり果てる寸前であることを肝に銘じている。だからこそ、すぐそこまでやって来ている愚劣さから逃れようと努力を続けるので…

考えたことがないのなら一回ぐらい考えておけ。それでも罰は当たらんぞ

- だが実は、自分は評価に値する人間だと思っているのは本人だけで、周囲の人はまったく評価していないということがよく起きる。天性のみを当てにして、“謙虚さ、素直さ”という、人として大切なものを身につけていないがゆえに、チームのなかで浮いた存在と…

小事が大事

- 私の好きな言葉に「小事が大事を生む」というのがある。いきなり大きいことを目指すのではなく、小さい事柄を積み重ねてこそ大きな目標が達成できるという意味だ。 それを体現している選手のひとりが、前述したイチローだ。二〇〇四年、イチローは262本…

納豆ダイエットに「踊らされ」、我先に納豆の買占めに「群がる」私たちの精神状態(世相)はどうなっているのか

- 本当のメディアリテラシー(新聞やテレビなどからの情報を読み解く力)とは、A新聞・B新聞・C新聞を並べて、ある事件の扱いについてどこが違うのか、なぜなのかを調べるなどといったことではなく、またテレビのD局とE局の報道番組でのニュースの扱いについ…

現代社会で生きるには因果関係のほうが便利だから、もうそれに慣れすぎて、それしか思考パターンとして動かしていない

- 茂木 そうか。シンクロニシティというのは、外のものと外のものとがシンクロするんじゃなくて、自分の無意識と外のものとが呼応すると。 河合 絶対、そうです。 で、無意識で動いているのが、外に出てきたりね。その出てきたものの背後には無意識がある。 …

「関係性」とは心のつながり

- 河合 僕がさっきいった話ですけどね、関係性と生命現象。これ、あんまりみんないわないんですが、ものすごい大事です。でも実際にやると、経験的にうまいこといくでしょう。すると、「この方法は科学的に正しい」と思ってしまうわけですよ。そこには方法論…

年末には一年の日記を繰り返し見よ

- 第一は過去一年中の日記を繰り返して見ることである。これには三日ぐらいかかる。正月より十二月まで順次に、毎月中の主なる出来事は何であったか、それを書き抜いて、一種の摘要を作り、一年のうちでもっとも悲しかったこと、最も嬉しかったこと、永く記…

本質を見抜く力

- このように、問題解決にあたって、「今何を求めたいのか、そのためには何が許されるのか?」、それを絶えず頭に入れておくことが重要です。この作業を進めていく一つの過程が、抽象化ということです。 (岡部恒治『考える力をつける数学の本』「13 余計な…

基本的に、ものごとは、なかなか自分が望んでいる通りにはならないものである

- 過去の対局と現在進行中の対局とでは、異なった状況になっているはずで、ニュートラルな決断をする大変さを痛感させられることが多い。 「対局中の棋士は、常に冷静に考えながら決断している」と思っている人がいるかもしれないが、プロといえども、対局中…

知識の貯蓄よりも、さらにいっそう大切な徳の貯蓄

- 貯えた知力がいかなる時に役に立つかは、分からぬものである。分からぬけれども、早晩役に立つ。ただ目前に横たわる必要のためにのみ得る知識は、それはドイツ人のいうパン学問である。パンを得てしまえば、もはや役に立たぬ。ゆえにいかなる時にも、いか…

子どもたちの夢をかなえてあげることが、大人の役目だと考えられた

- 「英語の選択の授業を受けたいといったけど、先生は受けさせてくれない。選択の英語を受けるのは高校に行く人だけだという。廊下でもいいから聞かせてくれと頼んだが、だめだった。くやしくて、くやしくて、生まれ変わって私も高校に行くようになりたいと…

能力というモノは存在しない

- 福井東養護学校の子どもたちについて、もしも、「能力」というフィルターにかけてみると、「できないこと」ばかりの項目がえんえんとつづくだろう。 ところがこれを、「実践」というレベルで見ると、じつに豊かな実践にあふれていることがわかる。 まりさ…

ネットの情報は信頼できないというが、それは当たり前

- 現代の日本の時代相を表現するのに、「ダイナミック」という言葉ほどふさわしいものはない。 「ダイナミック」とは「動的」という意味に解していただいて結構だが、私はそれに「非常に」という副詞をつける必要を、感じないではいられない。 激烈なダイナ…

猛勉強

今週のお題「私のゴールデンウィーク」 - これを脳科学の言葉で「オープンエンド」といいます。どこまで行っても終わりがない状態のことです。どんなに学んでも必ず次のステップが姿を現します。むしろ、一生懸命に勉強をして何かを知れば知るほど、必ず次の…

価値のある「知」を手に入れるには、人と人とのかかわりの中で育てていかなければなりません。

- 昨今の日本では「知のデフレ」現象が起きています。その原因として、膨大な情報の海の中から、自分にとって必要な情報を取捨選択していない人があまりにも多い、ということが考えられます。 たとえば、ネット上に存在するありとあらゆる情報の中には、くだ…

今週のお題「心に残った本」

今週のお題「心に残った本」 - 駕籠の中に煙草盆があった。煙草盆の中に灰皿があった。灰皿の灰は冷たく冷えていた。治憲はその灰皿に目を止めた。そして手にとって、 「米沢の国はこの灰とおなじだ」 と呟いた。 冷たい灰が、そいのまま米沢の国を象徴して…

人からよく思われたいとか、自分の値より以上に高く評価されたいとか、いう考えがあればこそおじけづくのである。

- 要するに人からよく思われたいとか、自分の値より以上に高く評価されたいとか、いう考えがあればこそおじけづくのである。自己の値を真価だけしか発表せぬとしたなら、少しもおじけることはない。また、たとえ真価以上に発表し得たとしても、それは到底永…