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今週のお題「心に残った本」

今週のお題「心に残った本」

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 駕籠の中に煙草盆があった。煙草盆の中に灰皿があった。灰皿の灰は冷たく冷えていた。治憲はその灰皿に目を止めた。そして手にとって、
「米沢の国はこの灰とおなじだ」
 と呟いた。
 冷たい灰が、そいのまま米沢の国を象徴しているように思えたのである。治憲はさらに呟いた。
「この死んだ灰とおなじ米沢の国に、何かの種を蒔いても一体育つだろうか。恐らくすぐ死んでしまうにちがいない。だからこの国の人間は誰も希望を持っていないのだ。ああ私は大変な国に来た。年若く、何も知らず、経験もなく、この国で富民のための藩政改革をおこなおうなどというのは、天を恐れぬ高言であった。おそらく、私は、米沢城で、改革の第一歩にも着手しないうちに、しっぽを巻いて、遠い日向の国に帰らざるを得なくなるであろう」
 そういう悔恨の情が次から次へと突き上げてくるのであった。
 そのうちに、治憲は、何の気なしに冷たい灰の中を煙管でかきまわしてみた。
 治憲は、煙草を吸わない。だから、家臣たちも、火に注意を払わなかったのである。が、灰の中に小さな火の残りがあった。それを見ると、突然治憲の目は輝いた。そして、治憲は、何を思ったのか、駕籠の隅にあった炭箱から新しい黒い炭を取り出して、残り火の脇に置いた。そして、煙管を火吹竹の代わりにしてふうふうと吹き始めた。つまり、残った火を新しい炭に移そうとしたのである。
 駕籠脇についていた供の者たちは、駕籠の中から治憲がふうふう何かを吹いているので駕籠の外から声をかけた。
「お屋形さま、一体何をしていらっしゃいますか」
「火を起こしている」
「火を起こしているとおっしゃいますが、煙草でもお吸いになりますか」
「いや、そうではない」
「中がお寒くて、火がおいりようでございますか」
「そうではない」
 家臣たちは当惑した。一体治憲が何のために火をおこしているかわからなかったからである。すると、駕籠の中から声があった。治憲は、こういった。
「駕籠を止めてくれ、おまえたちに話がある」
 駕籠が止められると、治憲は雪の道に降り立った。手には、灰皿と、その上に新しくおこした炭火を持っていた。怪訝な顔をする家臣団に治憲はこういうことをいった。
「ちょっとは話があるのできいてくれ」
 そして治憲は、ことばをつづけた。
「実は福島から米沢への国境を越えて、板谷宿で野宿し、さらにその宿場を発って沿道の光景を見ながら、私は正直いって絶望した。それは、この国が何もかも死んでいたからだ。この灰とおなじようにである。恐らくどんな種を蒔いても、この灰の国では何も育つまいという気がした。だから今、領内に残っている人間たちの表情にも希望がないのだ。それを私はよみがえらせねばならぬ。しかし、そんなことは私にはできない。私は、良い気になって今までおまえたちに改革案を作らせたが、しかしそれを受け入れる国の方が死んでいた。これは気づかなかった。私は甘かった。そこで、深い絶望感に襲われ、灰をしばらく見つめていた。やがて私は煙管を取って灰の中をかkまわしてみた。すると、小さな火の残りが見つかった。その火の残りを見つめているうちに、私は、これだ、と思った。これだというのは、この残った火が火種になるだろうと思ったからだ。そして、火種は新しい火をおこす。その新しい火はさらに火をおこす。そのくりかえしが、この国でもできないだろうか、そう思ったのだ。そして、その火種は誰であろう、まずおまえたちだと気がついたのだ。江戸の藩邸でいろいろなことをいわれながらも、私の改革理念に共鳴し、協力して案を作り、江戸で実験をして悪いところを直し、良いところを残す、そういう辛い作業をやってくれた。そして今、その練りかたまった改革案を持っていよいよ本国に乗り込もうとしている。そういうおまえたちのことを思い浮かべたとき、おまえたちこそ、この火種ではないかと思ったのだ。おまえたちは火種になる。そして、多くの新しい炭に火をつける。新しい炭というのは、藩士であり、藩民のことだ。それらの中には濡れている炭もあるだろう。湿っている炭もあろう。火のつくのを待ちかねている炭もあろう。一様ではあるまい。ましてや、私の改革に反対する炭も沢山あろう。そういう炭たちは、いくら火吹竹で吹いても、恐らく火はつくまい。しかし、その中にも、きっとひとつやふたつ、火がついてくれる炭があろう。私は今、それを信ずる以外にないのだ。そのためには、まず、おまえたちが火種になってくれ。そしておまえたちの胸に燃えているその火を、どうか心ある藩士の胸に移してほしい。城に着いてからそれぞれが持ち場に散って行くであろう。その持ち場持ち場で、待っている藩士たちの胸に火をつけてほしい。その火がきっと改革の火を大きく燃え立たせるであろう。私はそう思って、今、駕籠の中で一生懸命この小さな火を大きな新しい炭に吹きつけていたのだ」
 すべてではなかったが、家臣団の多くは感動した。竹俣当綱が進み出ていった。
「お屋形さま、その火をいただかせて下さい」
「この火を?」
 治憲がきき返すと、竹俣はいった。
「その火をお借りして、さらに大きな新しい炭に火を移します。そして、それを私は、お屋形さまがいう改革が達成される日まで、決して消しません。炭を消さないで、家に大切に保存致します。同時に、私の胸に燃えている火を、自分の持ち場に帰ってなかまの胸に移します。その火が乏しくとも、数がすくなくとも、万分の一なりともお屋形さまのお考えをこの米沢で実現させましょう」
 佐藤文四郎も同じ申し出をした。さらに同じような声が、同時におちこちで起こった。家臣団は、治憲が持っていた炭火を受けとり、それを細かく割って、一人一人が新しい炭を用意し、火を移した。一つの火種が十にも二十にもなった。そしてそれぞれがまた新しい炭に移された。炭火は十倍にも二十倍にもなったのである。これが、雪の道に燃えた、新しい富民のための改革の火種であった。

童門冬二『小説 上杉鷹山(上)』人物文庫・学陽書房)

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ということで、“現時点”での
「心に残った本」は、童門冬二の『上杉鷹山』です。

20歳で某大学の通信教育課程に入学し、教師を目指したボクですが、
そのころから、良書を読もうと決意し、読書を続けてきました。

まだまだ読んだ本は少ないですが、その数少ない読了本からの選出ですw

他にも心に残った本はいくつかあるのですが、あえて一冊とするならば…;


この本は、読書を始めたころ、先輩に薦められた本です。

リーダーとはいかなる人物か。
組織で重要なこととは。

くつかヒントとなるようなことを学ぶことができました。

現在は、同じく童門冬二
二宮金次郎』集英社文庫
を読んでます。

上杉鷹山』とよく似た部分はあると思います。
なかなか面白いです!

金次郎にも
鷹山にも、手強い反対派がいます。
反対派の存在だけでなく、種々困難な“壁”が立ちはだかります

その中で、自分の信念、理想をどう現実化していくのか、どうやって行動していくのか。

師の存在、仲間や家族の理解、協力、支えがあり、自身の確たる信念があり、
そして、全ての人に“火種”、または金次郎で言うところの“徳”が備わってると信じ続けること。


現代に生きるボクらも見習わなければならない重要なことがあると思います。

と、その前に
しっかりと自分自身が学び、現実社会で実証を示していくことが何より大切なのだと。
自分の人生ですから。。。



「悪は多けれども一善にかつ事なし」



ps.
これからも良書を読んでいきたいです。
おススメがあればぜひ!