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納豆ダイエットに「踊らされ」、我先に納豆の買占めに「群がる」私たちの精神状態(世相)はどうなっているのか

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 本当のメディアリテラシー(新聞やテレビなどからの情報を読み解く力)とは、A新聞・B新聞・C新聞を並べて、ある事件の扱いについてどこが違うのか、なぜなのかを調べるなどといったことではなく、またテレビのD局とE局の報道番組でのニュースの扱いについての掘り下げ方の特徴を考えることではないのです。伝える側(新聞やテレビ)が最初に情報を選択しているわけですから、まずもって「それがことさら大きく扱われるのはなぜか」に気づく必要性がありますし、それと同時に、取捨選択されたとすれば「捨てられた情報や事実」も膨大にあることを想定することが必要です。私たちが主体的にマスコミを取捨選択しているのではなく、情報(記事・番組)が出された時点で、すでに操作されたものを私たちが受け取っているということを自覚しておくことが大事でしょう。そう考える人が多数を占めることこそ、デマや風評に流されない、自律した健全な社会を維持することにつながるものだと思います。
「マスコミのあり方を批判するけれども、結局はそれも、今の国民がそれを求めていることでもあるし、そういう民度(人々の生活や文化の程度)が今のマスコミを作っているだよ」という人がいます。たしかにそうでしょう。私は今年で53歳ですので、テレビが普及し始めた頃に小学校時代を過ごしました。昭和30年代を扱った映画『ALWAYS〜三丁目の夕日』はよく分かります(個人的には、同じ時期に封切りされた佐々部清監督、藤井隆主演の『カーテンコール』の方がはるかに上出来と思いますが)。約40年のテレビ視聴歴で考えると、この10年間に加速度的に、バラエティ番組が大半を占めるようになっていますし、報道番組のジャンルに属するようなものでさえ、バラエティー的「おちゃらけ」の色彩が強くなっています。そしてそういった中では「まじめに一つの問題を掘り下げて、課題を視聴者に投げかける」というスタンスは遠のき、むしろ「過激で、攻撃的な言動を繰り返すタレントやコメンテーター」が重宝され、「討論、ディベート、タックル(?)」という名の下で「(根拠が乏しい)感情的で情緒的な言動が増幅」していっているように思います。
 良識的な記者やディレクターは異口同音に、上記のような現状を「憂いて」います。「私は数年前までテレビの番組制作に関わっていましたが、その頃はじっくりと一つの問題を、様々な観点から検討することを大事にしてきました。しかしいま、それがかなわないのです。バブル崩壊以後のきつい時代や社会状況の中で、多くの人がストレスを抱えていて、紋切り型でモノを言うテレビタレントの姿勢に溜飲を下げる(=不平・不満が解消して気分が落ち着く)状況が進んでいて、危ういように思います」と述べた新聞記者。「マスコミが権力や権限を持っている、というように言う人は多くいます。それは誤解だと思いますが、権力というものではなく、確かに計り知れない影響力というものを持っていると思います。それを自戒しながら仕事にあたっているつもりですが……。権力ではなく影響力ということは、あるある大事典の一連の騒動でお分かりになると思いますが」と語ったディレクター。
 そのとおりでしょう。関西テレビは何故あれほどまでに叩かれるのかと思いましたが、他方で納豆ダイエットに「踊らされ」、我先に納豆の買占めに「群がる」私たちの精神状態(世相)はどうなっているのかを、きちんと点検してみる必要があります。


(小野田正利『親はモンスターじゃない! イチャモンはつながるチャンスだ』「第5章 保護者と学校はなぜわかりあえないのか」134-137頁、時事出版)

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約束を守らない大人にはなりたくないと強く決意しているわけですが、約束を簡単に破る政治家の皆さんには、呆れてものが言えない感たっぷりですが、そんなことは、そもそも分かりきっていたこと。

政権交代を煽り、あれほど民主党に期待感を持たせておいて、あっさり批判。
そんなマスコミにも憤りを隠せないのですが、それもまた、分かりきっていたこと。

そして、マスコミに踊らされすぎの国民。

ワカモノは、どうも「自分の一票なんか意味ない」「政治なんか関係ない」と思っているように見えます。
まぁ、こんな世の中ですので、今までよりは関心はあると思いますが。

それでも、やっぱりマスコミを信じちゃう。

そして、壮年の方は頭が固い!w


マスコミは“数字”
政治屋は“お金”

“国民のため”にしっかり働いてくれる政治家はいるのに、
確固とした哲学をもち、確かなネットワークがあり、数多くの実績がある人材がいるのに。

そんな人たちをマスコミは知らんふり。
国民も理解しようとしない。
一面的な見方で、というより偏見をもって毛嫌いする。

なんとまぁ・・・。


(ブログでは書けないことを)あれほど言ったのに!!

とは言いませんが;

やっぱり、国民一人一人が賢明になるしかないようです。


悪はいつの時代もいるんですから。



ps,
連日、同じ本からの引用ですが、
大変勉強になりました。
“モンスター”という言葉づかい自体にも問題があり、無理難題を押し付けてくるのには、その背景を冷静になって見つけることが大事なんだと。
社会的背景は、教育現場にも大き影響を与えています。
まだ、教育現場に立っていませんが、現場に立つ上で参考になった本です。
保護者の方や教育分野で働いている方、また教育に限らず、“人”と関わっている職業の方々にも大変示唆に富む本だと思います。


親はモンスターじゃない!―イチャモンはつながるチャンスだ

親はモンスターじゃない!―イチャモンはつながるチャンスだ