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個々の子どものニーズを把握する習慣

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 通常の学級に在籍するさまざまなニーズのある子どもをどう支援していくのか考えたとき、彼らを医学的に分類し、診断名をつけていくことが究極の目標ではない。なぜなら、繰り返し述べているように、診断名をつけることでその後の支援の方向がきちんと示されるほど、診断とその後の指導の有り様は直結しない。したがって、教育的支援を行う立場の者にとって大切なことは、学習障害(LD)かどうか、ADHDかどうか、高機能自閉症かどうかを明らかにすることに多大なコストを費やすことではなく、彼らへの具体的な支援の在り様を検討し、実際に支援を行っていくことである。
 できるところから教育的支援を始めなければならないのに、そこから逃れて、医学的な解決だけを求めようとすることは避けたい。何よりもまず、「個々の子どものニーズを把握する習慣」を持つことが大切である。そのうえで、具体的な支援のなかから、井垣的な診断や専門家からのアドバイスが必要になることもあるであろうし、子どもによっては、医療との密接な連携なくして教育的支援が進まない場合も少なくないことを忘れてはならない。
 教員の研修については、第3章6項で詳しく紹介するが、ある研修生のコメントを紹介しておこう。国立特殊教育総合研究所における三か月の研修に参加し、筆者の講義「学習障害等軽度障害への対応」の演習の際に書かれたものである。
「小学校においては、担任の先生が指導に困る子どもをすべてLD、ADHDというくくりの中に入れて、安心していることはないであろうかといつも思う。診断名がついた時点で、(指導が)止まっていることがある。本当に必要なのは、その子の障害名ではなく、その子がどんな支援を必要としているかを、(あるいは)実態をしっかり把握して、……支援方法を考えていかなければならない」


(柘植雅義『学習障害(LD) 理解とサポートのために』「第1章 学習障害(LD)とは何か」17-19頁、中公新書

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新年度が始まって、約1ヶ月。

子ども達の実態も少しずつ見えてきました。

学習障害ではないのですが、クラス内での課題も見えてきました。

子ども達のことは、ここでは書けませんが・・・。

まぁ、色々あるのです。

障害の有無に関係なく、一人ひとりの必要とする支援というのは必ずあるはずで、学習面・生活面等々、みんな子どもですから、指導が必要なのは当たり前なのであって、通常学級でも一人ひとりのニーズは違います。

家庭環境もさまざま。

教師が温かく支えていくことが大切になります。


その中で
クラスは一つの家族みたいなものであって、教室へは“安心して”入れるような雰囲気をみんなで創り出していきたい。

口で言うのは簡単ですけどね;


GW明けが勝負です。


学習障害(LD)―理解とサポートのために (中公新書)

学習障害(LD)―理解とサポートのために (中公新書)