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「志」と「目標」は似ているようで違う

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 よく混同されるのが、「志」と「目標」です。
 ある学校の校長が書いた本の中に、「志(目標)を持とう!」などと書いてあるのを見て、いささか抵抗を感じたことがあります。この先生は、「志」イコール「目標」であると信じ、永年にわたり子供たちに教えていたご様子です。
 結論から言うと、「志」と「目標」は似ているようで違います。まず、手元にある簡単な辞書で「志」を引くと、
「心の向うところ。心のめざすところ」
 とあります。
 一方、「目標」を引くと、
「目じるし。目的を達成するために設けた、めあて」
 と、なっています。
 たとえば、「将来、医者になりたい」という「目標」を持った高校生がいたとします。その高校生に、医者を「目標」とした理由を問う。すると、
「自分は子供のころから人体図鑑を見るのが好きで、医学書を読んでも、とても興味深く、時間が経つのを忘れる。だから自分は、医者が向いていると思うから、大学は医学部に進んで勉強し、将来は医者になりたい。そして、病気で困っている人たちを、一人でも多く救ってあげたい」
 といった答えが返ってくれば、これはちゃんと「志」を持っていることが分かります。きっと立派な医者になることでしょう。
 ところが、
「自分は大学の医学部に進むだけの成績をとっている。だから、医学部に進みたい。医者になれば、お金が儲かるから贅沢な生活が出来るし、周囲からは『先生、先生』と呼ばれ、尊敬される。こんなにおいしい仕事はない。だから医者になりたい」
 といった答えが返ってきたとすれば、問題です。これでは「目標」はあっても「志」がない。あくまで医者になりたいという「目標」は私利私欲のためということになります。
「志」を持って医者になった者が、大病院の院長にでもなり、莫大な収入を得たとしても、それは「志」を抱き続けている限り、方向を誤ることはないと思います。
 ところが、「志」がない者が「目標」だけで大病院の院長にでもなり、指導者の立場に立ったとしたら、これは恐ろしい。昨今、そうした医者が引き起こす不祥事の数々は、枚挙に暇が無いほどです。
 別に医者だけを、槍玉に挙げる気はありません。政治家にせよ、弁護士にせよ、社会的地位が高く、また収入も高い人たちが、いかに「志」を失っているか。あるいは、最初から「志」を持っていないか。我々は毎日のように、見せつけられているではありませんか。


(一坂太郎『時代を拓いた師弟 吉田松陰の志』「第六章 「志」はすべての源」171-174頁、第三文明社

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民主党に政権交代してから日本の情勢はパッとしないのですが・・・;
(それ以前もか!)

政治家を監視すべき庶民として、やはり約束を守ってくれる政治家を見極めたいところです。

マニフェストで何を言っているのかということも大事ですが、過去に明言したマニフェストを振り返り、今現在、実現しているのか、約束を守っているのかどうかをしっかり検討することが大事だと。
ラジオでも言っていましたが、この作業は、マスコミの人たちはしませんからね。ホント。
ボクたちがやるしかないんでしょうね。

しっかりと政治家本来の仕事をしてほしいです。ボクたちのよりよい生活のための法律をつくり、安全で活気のある日本をつくりあげていってほしいですね。

テレビに出て騒がれるのが仕事じゃないでしょうに。

そういった目立った政治家(?)ばかりがボクらの目に入ってくるので、マスコミも厄介な存在です;

毎度のことですが、本質を見抜く洞察力を身につけていきたいと思います。まだまだ勉強不足っす。


ps,
今現在のボク自身の状況からして、こと細かく政治や社会情勢の方の勉強もできる時間がないのが正直なところです;
ということで、ボクはボクの立場で使命を全うしたいと思うのです。


pps,
ボク自身も改めて「志」について、考え直してみたいと思います。
何をするにしても“何のため”という芯は見失うことなく進んでいきたいのです。


ppps,
朝の通勤の車内。必ずと言っていいほど、瞼が重くなってくるのです。そして、ヒヤッとする場面も・・・;
そこで、最近聞いているラジオから、目の覚めるミュージックに切りかえるのです。
毎回同じCMを繰り返しているラジオを聞かずに、この方法に早く気づくべきでしたw



時代を拓いた師弟―吉田松陰の志

時代を拓いた師弟―吉田松陰の志