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民の立場に立ってその喜怒哀楽を考え、どうすればいいか親の気持ちになって行なおう

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「上に立つ者は民をあたかも幼子を愛護するようにいたわり導け」
 という言葉は中国の古い本によく出てくる。『書経』にも『大学』にもある。孟子ももちろんこの主張をした。民の父母になった政治家がどういう事を行わなければいけないかといえばあげて「仁政」である。『論語』では、
「民が多い上に、これを富まし、教えることだ」
 と告げている。つまり、「民を養い(生活を保障し)、教導する」
 ということだ。だからこの二つの行為を合体させて「教養」という言葉ができた。教養の養は、あくまでも、
「民の生活を保障する」
 という意味がある。
 この、
「政治家よ、民の父母たれ」
 ということを教えられ、実践したのが江戸中期に名君といわれた出羽(山形県)米沢藩主上杉鷹山だ。鷹山は学師として細井平洲に学んだが、平洲は常に、
「民の父母になってください」
 と頼み続けた。鷹山の改革の成功はすべて、
「民の立場に立ってその喜怒哀楽を考え、どうすればいいか親の気持ちになって行なおう」
 という信念を貫いたからである。


童門冬二 『魂の変革者 吉田松陰の言葉』「第1章 『講孟箚記』梁恵王 章句篇」56-57頁、学陽書房、2012年)

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教養、教養といってもそもそも教養って・・・?という疑問が少しは解けたかなと。

大学を創立させた人が「大学は大学に行けなかった人のためにある」と言っていたように記憶していますが、何のことだろうと最初は思いましたよ。

それぞれの捉え方でいいと思うんですが、大学で学び、社会に貢献できる人材へと成長していくことが大切なわけで、大学で学んだことを無駄にしてはいけないという指針のように思います。
また、大学に行けないというのは、全ての人たちに学ぶ機会が与えられていないということであって、そんな不平等な社会はいずれ衰退していくと思われ、大学に行けなかった人たちのために、通信教育部の開設、発展に力を入れたのだと思います。
マズロー(1908-1970)がいう人間の高次元の欲求、“自己実現”。そのために生涯学習が重要なキーワードになると思いますが、そこで通信教育の役割が重要になってくるのでしょう。


「民の生活を保障する」
教育の分野でも見落とせない視点です。
大学で一般教養を学び、また教員免許を取得している人間としては、教職教養、専門教養を学んでいるはずですので、様々な“教養”がありますが、それらを学び、そして、子どもたちにどう還元していくのか。重要な視点ですね。
生活していくためには、“学ぶ”ことを抜きにしては成り立ちません。なかんずく、よりよい生活のためには。
その“学び”を子どもたち一人ひとりに保障する責任が教員にはあります。

学びの共同体を提唱している佐藤学先生は、
学校の公共的な使命と責任は「一人残らず子どもの学ぶ権利を保障し、その学びの質を高めること」にあり、学びの〈質と平等の同時追求〉によって「民主主義社会を準備すること」にある。教師の使命と責任も同様である。
と述べています。

教室を子どもたちが安心して学び合える温かい空間にしていくためには、教師は自分の子どものように愛情を注ぐことから始まるのでしょう。
まだ、自分が親となった経験はありませんが、保護者と同じように愛情のシャワーを子どもたちに浴びせていくことが何より大切かと思うのです。


ps,
ボクたちの生活を保障する政治家たちにも「民の父母になって」本気で国民(子ども)のことを考えてほしいと思います。
どうも、自分たちの立場を優先して考えているように思えます。所属していた党を離党して、なんやら維新の会に入ったり・・・。そりゃ、選挙に当選したいもんねー。


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魂の変革者 吉田松陰の言葉 (人物文庫)

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学校を改革する――学びの共同体の構想と実践 (岩波ブックレット)

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