真の共同体は、人間の生き生きとした相互関係から創られる

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真の共同体は人々が互いに感情をもっているからといって成り立つものではない(むろん、感情なくしては、現実はあり得ないが)。むしろつぎの二つのことによって成り立つ。すなわち、真の共同体はすべての人々が生きた中心にたいし、生き生きとした相互関係をもつこと、さらに人々の間で相互に生きた関係をもつことである。人間同士の相互関係は、生きた中心と関係を結ぶことから成り立つのであって、人間の相互関係だけで生ずることはない。生き生きとした相互関係は、感情を含みはするが、感情から生ずるものではない。真の共同体は、人間の生き生きとした相互関係から創られるが、それを創り出すものは、生き生きと働きかける中心なのである。

 

 

マルティン・ブーバー 、植田重雄訳『我と汝・対話』「我と汝」58頁、岩波文庫

 

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GWですが、あっという間に過ぎていく感じですね。充実しているってことでしょうか。

懐かしいあの友、この友へ会いに行くこと。普段は会えない旧友のもとへ、連休を使って会いに行くこと。年に数回しか会えないかもしれませんし、会わない年もあるかもしれない。が、長い人生の中で、年に1回だったとしても、瞬間の出会いにさえも友を感じることもあるわけで。

人生を彩る上で、旧友との繋がり、旧交を温めることは必須のような気がします。

長い道のりでも、会えば元気になる。

 

論語』より、

「子曰く、学びて時に之を習う、また説ばしからずや。朋あり、遠方より来たる、また楽しからずや。人知らずして慍みず、また君子ならずや」(学而第一)

とあるように、まさに「朋あり、遠方より来たる、また楽しからずや。」懐かしい友の元気な姿にこちらも元気をもらう。昔話に花が咲く。地位や名誉、肩書き、財産・・・すべてを取っ払って、純粋に信頼し合う関係こそ、背中を押してくれる最大の力となる。

また、「人知らずして慍みず」の一句は、「他の人が私の苦労や努力を分かってくれなくても、それを気にかけたりうらんだりしないことだ」という意味。

こちらの主体的な姿勢で、生き生きと働きかけて、善の連帯を広げていきたい。

 

SNSが爆発的に広まり、相手の顔を見ずに、やり取りが簡単にできる時代になりましたが、やはり、「他者の顔」というのは大切なもので、ネット上では、相互の表情や感情、さらに仕草などの非言語的コミュニケーションが伝わりません。大切なのは、会うこと、顔を合わすこと、誠意ある態度で接すること、相手の息吹を感じること。真の共同体は、生き生きとした相互関係から創られるんですから。

 

 

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我と汝・対話 (岩波文庫 青 655-1)

我と汝・対話 (岩波文庫 青 655-1)