読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

私は何よりも先ず子供の信頼と愛著とを贏ち得ようとした

教育 教師論 倫理 メモ 勉強

f:id:mind1118:20130508125218j:plain

 

-----

 

 一八 子供は自分の愛するものは何でも欲する。彼に名誉を齎すものは何でも欲する。彼の大きな期待を鼓舞するものは何でも欲する。彼に力を與へるもの、「僕にはそれが出来る」と子供に言はせるものは何でも欲する。

 併しかうした意欲は言葉に依つて生み出されるのではなくて、あらゆる方面に子供が注意し、このあらゆる方面の注意に依つて彼の心に喚起される感情と力とに依つて生み出される。言葉は事柄そのものを與へるものではなくて、事柄に就いての明瞭な理解乃至意識を與へるだけである。

 斯して私は何よりも先ず子供の信頼と愛著とを贏ち得ようとしたし、またさうせざるを得なかった。若しこれが成功したら確かに他の一切は自然に得られるものと私は期待した。

 

 

(ペスタロッチ、長田新 訳 『隠者の夕暮・シュタンツだより』「隠者の夕暮」53-54頁、岩波文庫

 

-----

 

 

 学校では、様々な指導があらゆる場面で行われている。教育活動を効果的に行うために重要なことは、教師と子どもとの教育的関係の確立である。これは、教育方法の基本的前提となる。この関係が成立していなければ、教育現場で問題となっている、いわゆる「学級崩壊」が起こる。子どもは教師によって態度を変えるが、これは教育的関係が成立しているか否かによるものである。子どもが教師を信頼、尊敬している場合、指導や授業は効果的に行われるが、反対に、教師に対し反発や抵抗の態度をとっている場合、指導や授業は十分に機能しない。教師にとっては厳しいものであるが、教育を行う上で、子どもとの信頼関係を築くことを重視しなければならない。

 

  ペスタロッチは、1798年、当時の社会情勢の影響から孤児が増えるようになり、シュタンツにて孤児院を設け、孤児の教育を始めた。彼の教育活動は半年だったが、彼の実践は教育の真実に満ちたものであった。

 孤児院に収容されてくる子ども達は、貧しい生活の中、心身ともに健康とは言い難い状態にあった。無学で、見るからに痛々しい姿だった。しかし、ペスタロッチは、子ども達に内在する人間性を信じていた。彼は、「この人間性が無教育と粗野とそして混乱との泥土の間にあっても、最も美しい素質と能力とを発展させる」ことを確信していた。

 その上で、彼はどのように子ども達に関わり、教育していこうと考えたのか。彼は次のように述べている。

 

 

 「この泥土の中から私はその諸力を取り出して、単純ではあるが純粋な家庭的の環境乃至関係の中にそれを置き換へようと思った。」

 

 

 彼は、教育作用の原理を家庭の親子関係にあるとし、子どもの健全な教育には、親子の交わりが重要であると考えた。そこには、「母の眼」と「父の力」の二つの働きが見られる。彼は次のように述べている。

 

 「善き人間教育は、居間におる母の眼が毎日毎時その子の精神状態のあらゆる変化を確実に彼の眼と口と額とに読むことを要求する。善き人間教育は教育者の力が、純粋なそして家庭生活の全範囲に亙って一般的に活気を有する父の力であることを根本的に要求する。

 私は以上のような基礎の上に立っていた。私の心が私の子供たちに愛著しているということ、彼等の幸福は私の幸福であるということ、彼等の喜びは私の喜びであるということ、こうしたことを私の子供たちは朝早くから夜遅くまで、何時でも私の額の上に見、私の唇の上に感ずる筈であった。」

 

 彼は、人間教育には、母の慈しみの眼と厳しい父の力が共に必要であるとし、孤児院において母と父の一人二役を果たした。その強い愛情は、どんな子どもであっても、その子の人間性を尊重し、どこまでも人間性の開花を信じ続ける彼の信念から生まれる。これは、教育者の必要不可欠な心構えである。

 

 

 

隠者の夕暮・シュタンツだより (岩波文庫)

隠者の夕暮・シュタンツだより (岩波文庫)