教育は教わろうと希う者と、教えようとする者との間にだけしか成立しない厳しい約束の一つである
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言うまでもなく教育は教わろうと希う者と、教えようとする者との間にだけしか成立しない厳しい約束の一つである。
(山岡荘八 『吉田松陰(2)』「松陰の分身たち」217頁、講談社)
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3月21日。
母校の閉校式が行われました。少子化の流れは止めることができず、子どもたちの質の高い学びを保障するためにも、町内の小学校の編成を余儀なくされました。
最後の年に、母校で働くことができ、本当に感謝です。
閉校式には、多くの卒業生が集まりました。同窓生から閉校と聞き、遥々遠方より帰省されてみえた方もいました。恩師との再会を喜ぶ卒業生もたくさんみえました。
閉校式では、校旗返納があり、児童代表が感謝を添えてお返ししました。校長から教育長へ校旗が返納される瞬間は、多くの方の胸に様々な思いが込み上げてきたのではないかと思います。
2部の閉校記念行事では、卒業生である地域住民の方々に小学校当時の思い出を語っていただきました。20代代表では、ボクと同級生の友人が喋っていました。登下校の時や、休み時間でのこと、学校行事のことなど、懐かしい思い出が蘇ってきました。
30代、40代、50代・・・とそれぞれの年代で、思い出を語っていただき、また参加者の皆さんからも当時の思い出、閉校に寄せる思いを語っていただきました。
本当に、地域の方、卒業生の方から愛されてきた学校だなと感じました。
終了後、寂しいけれども「良かった」との声がたくさん届きました。
子どもたちもよく頑張りました。閉校記念行事では、子どもたちの呼びかけ、合唱がありましたが、これに感動する人もいましたし、ある児童は、歌の時に号泣していました。その姿にもらい泣きした保護者さま。その子からは、後日、写真と手紙をくれました。本当にステキな子です。
子どもたちは、親、祖父母ほど年の離れた卒業生の思い出話にも、後を振り返り、話をする人の方へ体を向けていました。
感動的な閉校式が終わり、24日。
子ども達が登校する最後の日。修了式と離任式。
離任式では、職員全員が一言ずつ話をしました。泣いている児童も何人かいました。
本当に、先生たちにも恵まれ、厳しくも温かい環境で育ってきたんだなと思いました。子どもたちの姿を見ていると、これまで関わってきた先生方の並々ならぬ努力が感じられます。ボクには、まだそんな力はありませんが。教師の努力は、子どもたちの姿に表れるんだなと。
元気よく挨拶する姿。人の話をしっかり聴こうとする姿。友だちと仲良く走り回る姿。真剣な顔で勉強する姿。
どこの学校にも負けないくらい、素晴らしい学校であり、子どもたちでした。その良いところを新しい小学校へ行っても、続けてほしいですし、その良き伝統を新しい小学校でも広めてほしいと思います。
ps,
修了式当日の朝。
校長先生から呼び出され、来年度の内示を頂きました。
隣町の小学校です。よく学校の前の道を通りますが、夜遅くまで職員室の電気がついている小学校です;
人権に力を入れていて、研修も多く、大変みたいですが・・・。
でも、多くのことを学べることは間違いないと思いますし、勤務終了時間がきて「はい。お疲れ様でした」というのは、教育に携わる公務員のあり方ではないと思います。もちろん、労働者としての権利はあるべきだと思いますが、決して「子ども不在になってはいけない」ということですね。
学校は、子どもがいなくなったらなくなる。
子どもがいてこその学校です。そこに教職員は働かさせて頂いている。
子ども主体です。
学校や教師のための子どもではなく、子どものための教師であり、学校です。
そこをはき違えちゃいけない。