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片手では拍手できないように、言葉というものは相手との間で成立するもの

仕事 独り言 授業 理科教育 日記

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 片手では拍手できないように、言葉というものは相手との間で成立するものだということが、しみじみとわかった。

 さらにいえば、言葉は、物理的には単なる音声にすぎない。が、うけとめる側の耳の奥に全人間―――感受性といってもいい―――がひかえているようで、その感受性は、弦楽器に似ているようにも思われる。人によって弦の数の多寡があるが、三平のような受け手を得た場合、弦が微妙に共鳴して、たがいにすぐさま脳裏に正確な情景をうかべることができた。

 

司馬遼太郎菜の花の沖(6)』「展開」366頁、文春文庫)

 

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どうもご無沙汰しております。

4月に入り、平常授業になり、担当教科の授業も進んでおります。

分掌の図書館教育、安全教育の方も少しずつ進めております。

理科は、4~6年を持っていますが、なんせ準備が多くて大変。また実験もあるので、授業前の事前実験も大変。そして、それぞれ花壇で植物を育てるので、せっせと土を耕しておりました。

肥料のことやら、実験用具やら、分からないことばかりで、周りの先生方に訊いて助けてもらっています。こんなんでよろしいのでしょうか・・・。

 

でも、子どもたちは、しっかりと授業を受けてくれています。授業の初めに話をした「聴くこと」も子どもの姿に現われています。こちらを見て、うなずきながら聴いてくれています。中には、下を向いたり手遊びをしている子もいますが、これから指導を続けていくことが大切ですね。コツコツと。

しっかりと目を見て話を聴いてくれている子どもたちの期待を裏切らないように、そして、全員が安心して学び合える授業を目指して、心して子どもたちの前に立ちたいと思います。

 

子どもにとって、“意味のある”教師たれ。

 

先生方も熱心で、夜遅くまで職員室に残っているようです。パワフルな先生方に囲まれて、楽しく仕事をしておりますw

 

 

ps,

こうして学校で授業をしている間、母校には誰一人いなくて、授業もしていない。もちろん、子どももいない。

そう思うと寂しさがまた込み上げてきますね。誰もいなくなった学校ですが、校庭には、若い桜が精一杯、花を咲かせていました。今は、花壇に花が咲いています。

子どもたちの笑い声を聴くことができない花たちも寂しい思いをしているのではないでしょうか。

 

 

 

菜の花の沖〈6〉 (文春文庫)

菜の花の沖〈6〉 (文春文庫)