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あの子たちがこの学校にきて、なにかたのしい思い出をもって帰ってくれたら、それで十分なんだ

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「おれはこの学校にきて十年になる。毎日が冒険だ。さて、なにをしでかしてくれるか。興味津々ってやつだ。あんたたちの学校なら、おおきくなった卒業生が挨拶にくるなんてこともあるだろう。立派に育って、社会人になったりしてな。なかには教師よりも出世したりして」
 四年目の良太が送りだした子どもたちは、まだなかった。けれども、いつかはそんな日がくるのかもしれない。想像してみただけで、頬がゆるむような気がした。
「けど、ここの子どもたちはみな身体が弱くてな、いい加減おっさんのおれより先に亡くなっていく子が多いんだ。社会にでて活躍するなんてことも、あまり期待できない。教え子の葬式にでるのは、それはつらいもんだぞ」
 瀬戸は目をそらして、がつがつと給食を平らげた。
 希望の丘小学校からきた若い教師三人は、黙りこんでしまった。しっかりと給食を食べているのは染谷だけだ。瀬戸は誰よりも早く昼食を終えて、ビンいりの牛乳を一気のみした。
「おれはときどき不思議に思うよ。なんのために、あの子たちに授業なんか受けさせてるんだろうって。働くこともむずかしい、読み書きだって怪しい。それどころか、大人になることさえ期待できないかもしれない。それなのに、なんで学校なんか必要なんだろう」
 娯楽室の窓のむこうに夏の山が見えた。良太は胸を打たれて考えていた。なぜ、山の木々は緑で、夏の空は青いのだろう。あの子どもたちは、なぜ重い障害を背負わされてしまったのか。理由などなにひとつないはずだった。立野が必至の顔つきでいった。
「瀬戸先生はどんなこたえをだしたんですか」
 ヒゲ面の教師は豪快に笑った。
「こたえなんかあるかよ。おれには毎日、あの子たちがこの学校にきて、なにかたのしい思い出をもって帰ってくれたら、それで十分なんだ。糞を漏らそうが、給食を吐こうが、そんなことはなんでもない。勉強だって、どうでもいい。あの子どもたちの多くは、おれやあんたよりもずっと早く死んじまう。人生がなにかもわからずにひたすら苦しんで、恋だのスケベだのと空騒ぎもできずに、この世界からおさらばする。おれは去年の八月、子どもの葬式に四回もいったんだ。それには理由なんかなんにもない。教師にできることなんて、なにひとつない。親といっしょに泣いてやることしかできないんだ。ほんとにいい子だった。天使みたいだった。つぎに生まれてくるときは、もっと幸せになってくれ。そんなしょうもない決まり文句を、葬式のたびに繰り返してな」


石田衣良『5年3組リョウタ組』「� 七月の冷たい風」280-282頁、角川文庫)

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先日、特別支援学校で働いている友人と会って色々語りました。

特別支援学校での様子を少し聞きましたが、実際に子どもが発作を起こし、救急車で搬送、そのまま亡くなることも多々あるそうです。

『5年3組リョウタ組』の中でも印象に残っていた箇所と重なり、さらにショックを受けた感じです。

これが現実なんですね。

まだその場面に直面したわけではないですが、本や友人の口から聞くと、ホント考えさせられます。

教育について。人生について。

死について。

「おれには毎日、あの子たちがこの学校にきて、なにかたのしい思い出をもって帰ってくれたら、それで十分なんだ。」

シンプルで深い。


ボクも経験を積み上げ、自身の教育観、人生観、生死観を深め、確立していきたいです。


ps,
大変な教育環境の中で働いている友人ですが、恵まれた仕事環境で、やりがいを感じ、自身の使命である道を進んでいるようで、なによりです。
ボクも負けていられないです。