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子どもは一つの宇宙

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 教師が授業でみんなに同じことを教えても、子ども(生徒)はそれぞれに違う範囲とレベルにおいて受け取る。違う内容を受け取っている可能性もあるし、まったく受け取っていないかもしれない。それほど子ども(ひと)の固有性や独自性は、強烈なものである。学ぶことも、ひと(子ども)の積極的な行為であり、いわゆる受け身的、消極的なものではい。もちろん、教師の伝えようと思った「こと」は、そのままの形と価値において子ども(生徒)に伝わることはない。変形され縮小され歪曲され傾いて受け取られる。それが当然である。子ども(ひと)の一人ひとりは、一つの完結した宇宙(コスモス)なのである。独自の秩序を持っている。教師の教えたことであろうと、親の話したことであろうと、必ず「個性化」されて独自に受け取られる。

 だから、教師も「これだけ教えたのだから、これだけ知っているはずだ」と思ってはならないし、親も「どうしてうちの子は勉強ができないのだろう」などと言ってはならない。愚痴は独りごとで言うべきだ。子ども(ひと)はそれぞれの独自性を持つのである。ひと(子ども)は必ずそれぞれの個性的(独自の)なありようにおいてひとであり、完全なひとや完璧なひとはありえないからである。

 

(諏訪哲二 『なぜ勉強させるのか? 教育再生を根本から考える』「5章 指導論① 「百ます計算」・陰山メソッドの注意点」125-126頁、光文社新書、2007年)

 

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なぜ勉強させるのか?  教育再生を根本から考える 光文社新書

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