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あるがままのものを認識し、できることを意志し、最後に、起こることを愛すること

メモ 哲学 倫理

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 話の締めくくりとして、ただ次のことだけをもう一度強調しておきたいと思います。すなわち、願望の対極にあるのは恐れではなく、知と力と享受なのです。一言で言うなら、といっても実際には三語になりますが、願望することの対極にあるのは、認識と活動と愛です。これだけがとり逃がされることのない唯一の幸福なのです。もっていないものや存在しないものを欲するのではなく(欠如や願望や懐古趣味)、あるがままのものを認識し、できることを意志し、最後に、起こることを愛すること。そのときにはもはや所有することも必要なくなります。欠如ではなく力、願望ではなく信頼と勇気、懐古趣味ではなく誠実さと感謝……。
 願望されるのは自分たちに左右できないことだけであり、意志されるのは自分たちに左右できることだけです。願望されるのは存在しないものだけであり、愛されるのはあるがままのものだけです。ですから、なすべきなのは欲望の回心です。ほっておけば、クリスマス前の子どもたちのように、書けているものや自分たちに左右できないものだけを欲してしまうところで、逆に、存在しないものを欲しつづける(願望したり後悔したりする)のではなく自分たちに左右できることを欲することを学び(これが意志し活動するのを学ぶということです)、あるがままのものを欲することを学ぶ(これが愛するのを学ぶということです)必要があるのです。
 この会場を出たあとでは、願望を止めてしまうべきだというのではありません! そんなばかな! 望みなしに生きることなどできはしません。なぜでしょうか? 欲望と無知、欲望と無能力、欲望と欠如のあるところには、どうしても願望が生まれるからです。知らないものや自分に左右できないこと、もっていないものを欲するや否や、願望が必ず現れます。ですから、願望を自分に禁じることが問題なのではなく、肝心なのは、思考し、意志し、愛する術を学ぶことです! アランの言葉ですが、「賢者が賢者であるのは、ほかの人びとより非理性的でないからではなく、ほかの人びとよりも叡智をそなえているから」なのです。ですから、自分のなかの非理性的な部分や願望にすがってしまう部分、それと連動して生まれる不安や恐れに囚われてしまう部分をなくしてしまおうなどとはしないでください。むしろ自分のなかの叡智の部分、スピノザの言葉を借りるなら、力となる部分、つまりは認識と活動と愛の部分を増やしていくことを学んでください。願望することを自分に禁じるのではなく、考えることを、もうすこし強く意志すること、もうすこし愛することを学んでください。
 あえてお断りしておきますが、叡智など存在しません。存在するのは賢者だけです。そのうえ、彼らはみな異なっており、誰一人として叡智など信じていません。叡智は理想にすぎず、理想は存在しないものです。それは一つの言葉にすぎず、言葉は現実をふくんでおりません。ここから出られたあとで、「自分が賢者だったらどんなに幸せだろう!」などとつぶやく人がいたら、私はしくじったことになります。叡智を新しい願望の対象にしたり、幸福と並ぶもう一つの目標にしたりしないでください。そんなことをすれば、絶望を願望するなどというばかげたことになってしまいます。ストア主義者たちが言っていたように、前進したいとお望みなら、どこへ向かっているのかを知っていなければなりません。それはそうです。けれども大切なのは前進することです。叡智とは私たちがけっして完全に到達することのない、それでいて私たちを包みこんでいる目標にすぎません。私たちには非理性的なときもあれば叡智にかなっているときもあります。幸せは絶対的なものではなく、過程であり、動きであり、均衡ではありますが不安定な均衡であり(誰だって程度の差こそあれ幸せなのです)、勝利ではありますがつねにもろく、擁護し、継続し、やりなおしつづける必要のある勝利なのです。叡智を夢想するのも、自分たちの人生を夢想するのもやめましょう!
 願望することを自分に禁じるのも、願望を望むのも問題とはなりません。肝心なのは、理論的な領域では、もうすこし信じることをやめて、その分認識するようにすることですし、実践の、つまりは政治や倫理の領域では、もうすこし願望することをやめて、その分活動するようにすることです。そして最後に、情動や精神の領域においては、もうすこし願望することをやめて、その分愛するようになることです。
 ご静聴ありがとうございました。


(アンドレ・コント=スポンヴィル『幸福は絶望のうえに』「Ⅲ 幸福は絶望の先に」91-94頁、紀伊國屋書店

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認識すること、活動すること、愛すること。

幸福とはもっとも難しい問題ですが、答えがなかなか出なくとも、考えることこそ大事なので、少しはヒントになるのではないでしょうか。

ここに読書と対話の重要性を感じることができると思います。



幸福は絶望のうえに

幸福は絶望のうえに